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商品詳細新論』(しんろん)は、文政8年(1825年)3月に会沢正志斎が述作した、尊王論と国防を説いた書である。水戸藩主・徳川斉脩に上呈するために書かれた。ただし、その内容のために出版は禁止されたが、門人たちがひそかに書き写して匿名で広め、江戸玉山堂から安政4年(1857年)に正式に出版された。
写真二枚目に(回天軍神機隊)の印があります。
これは戊辰戦争でめざましい活躍を見せ、戦争を終結に導いた志和盆地で藩士と農商出身者1200名で結成された軍隊が所有していたことを示します。
また、第二次長州征伐において、幕府と長州の休戦協定を宮島大巌寺で結ばせたのも大政奉還建白書を最初に幕府に提出したのも安芸広島藩である。
さらに薩長芸軍事同盟を結び、朝敵、長州藩を安芸広島藩藩士として、御手洗から、三藩進発で京都へ向かわせたのも安芸広島藩である。
現在西蓮寺に神機隊の墓地があり、戊辰戦争で戦病死した者たちの墓石がある。
「学問所出身の優秀な藩士が立ち上げた神機隊は、隊員が交代で寄宿し、皇国思想も含めた教育を施した。そのため意思統一された同志結社的な気風が強い軍隊となった。学問所出身の優秀な藩士が立ち上げた神機隊は、隊員が交代で寄宿し、皇国思想も含めた教育を施した。そのため意思統一された同志結社的な気風が強い軍隊となった。
軍律は厳しく、違反者には容赦なく切腹も命じた。規律を破った3人が京都の大仏方広寺で切腹。江戸においても1人が斬首となった。帰路の白河城下でも1人が切腹となった(戦死扱い)」とありこの新論も用いられ皇国思想を教育していたことを裏付ける資料でありより一層この本の価値を高める1本であります。
さらに、この回天軍神機隊の印が押されているものは関西大学に1点しか現存しておらず貴重であります。
プロフ必読商品の情報
| 商品の状態 | 傷や汚れあり |
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